コラム


KIPA 総務委員会 広報担当による「デザイナーのための経済コラム」

コミットメント または シグナリング アンカーリング 比較優位 バイヤス

Vol.4

コミットメント または シグナリング

公職選挙では候補者は自分が具現化したいことを述べます。これを公約と呼びます。政党が公約を掲げる内容を「マニフェスト(manifest)」と呼んだりします。組織が法人として認めてもらうには定款が必要です。公的に新年の抱負、所信表明、所感表明など、社会生活だけでなく、個人の生活のなかで自分の意見を述べます。また、話し相手に問いかけます。改まった状況のなかで自分の意見を述べれば、責任が伴います。企業同士の取引交渉、求人求職の面接、企業と労働組合との賃金交渉など意見と意見、要望と要望がぶつかり合う場面が至る所にあります。

日本ではいつの時代からか「以心伝心」、「いわずもがな」、「空気を読む」、「気心の知れた仲」というように、思っていること、考えていることを言葉にしないことが「品がいい」ことであり、それができることが人間として「上級」なことであると思われてきました。この感覚、決して悪いことではなく、日本文化の一つの形だといえます。「本音と建て前の使い分け」も日本の伝統文化です。国際的な外交の場では当然のことですが。この文化を理解できる相手には通用しても、通用しない相手もいることを知っておくべきだ考えます。
組織が対外的に意思を表明することをPR(パブリック・リレーション)と言います。広告宣伝と同じように使われることが多いのですが、本来はもう少し深い意味を持っています。最近ではCSR(コーポレイト・ソシャル・レスポンスビリティ企業の社会的責任)としてPRが企業の宣伝部ではなく広報部としての機能としてとらえられています。経済活動の根源的な要素です。経済活動が高度化し、規模が拡大すると、当然、PR活動も高度化してきます。これが崩れると様々な経済的、社会的不祥事を起こすことになります。
個人や組織が時々の状況に応じてコミットメント(commitment・言葉で関与すること)
告知、情報発信をします。コミットメントを出せば、その内容に責任がでてきます(言質・げんち)。政治家は言質を良いようにも、悪いように取られます。そのため、政治家は言葉選びに慎重になります。アメリカでは政治家だけでなく、社会的リーダーにポリティカルコレクト(政治的に正しい)かポリティカルインコレクト(政治的に間違っている)かが問われます。
デザイナーの立場ではデザインコンセプトを構築することが自分のコミットメントになります。デザイン活動では、従来のデザインの要素(機能性、審美性、経済性)に加えて、社会性、倫理性、思想性、政治性が問われてきます。それは、デザインの発注者、生産者、購買者、使用者に対する公約ともいえます。有言実行、熟慮断行、朝令暮改、君子豹変、馬子にも衣装、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、とことわざの中にも経済活動を思考する時のヒントが多くあります。

Vol.3

アンカーリング

船舶が停泊するとき、風や潮に流されないように錨(いかり)を下ろします。岸壁ではロープで係留します。建築工事ではアンカーボルトを打ち込んで、材料を固定させます。同様に一度、他人に対する印象や、物事の印象が出来上がると、船が錨を下ろしたように、アンカーボルトを打ち込んだように固定してしまいます。これと同じようなことが人間の感情や心理にも起こります。このような心理的な現象を行動経済学では「アンカーリング(投錨・とうびょう)」と呼びます。現金がないのに、さもあるかのように思わせるのが「見せ金」です。テレビコマーシャルは商品や企業の名前を何度も聴視者に聞かせて覚えさせようとします。このような心理的な現象、作用は良いことにも、悪いことにも使われ、作用します。学校で教わる基礎的な知識や技能は生涯常識として有効に働きます。「昔覚えた杵柄(きねづか)。」は餅つきの時の杵の使い方、コツを体が覚えているということを言っています。「三つ子の魂百まで。」は良いことも、悪いことも、身についた癖や、性格はなかなか変わらないということを言っています。
しかし、日進月歩の技術革新や社会状況が変化する中で、様々な問題解決をしなければならないとき、記憶の中に投錨された「固定概念」は問題解決の妨げになります。このような状況にならないようにするためには多様な経験を積み、多様な考え方に柔軟に慣れることです。このような姿勢は人間の生きざまそのものです。国連では希少生物の保護と同じように、マイノリティ(少数派)、LGBT、少数民族の保護、多様な言語、文化の保護運動が続けられています。これは社会問題、経済問題からすでに哲学の世界、倫理の世界、宗教の世界に入っています。
それでは、どんなものでも受け入れなければならないのか。その答えは、すでに昔から、出ています。「自分の存在(思考、命、生活)を認めて欲しいように、他人の存在(思考、命、生活)も認めよ。」と。

Vol.2

比較優位

「比較優位」(Comparative Advantage)という概念が心理学を取り込んだ行動経済学の中で頻繁に用いられています。この概念はコラボレーション(Collaboration)・協働活動と同じような意味ですが、それよりももっと目的と方法を意識しています。 「餅屋は餅屋」、「馬は馬方」、「蛇の道は蛇」、さらに「悪魔は悪魔に」ということわざもあります。家内制手工業の江戸時代からこの概念はありました。すべての作業、工程で他人より優れていたとしても、それぞれが得意な作業や工程に専念したほうが、全体としての生産性が高く、利益が多くなります。浮世絵の制作はまさに水平分業、垂直分業の複合体制でした。絵師⇒彫師⇒刷師、紙漉き / 絵具 / 版元というように。 「比較優位」の考え方が生まれたのは、産業革命後の19世紀初頭です。自由貿易の拡大による経済拡大と成長が背景にあります。産業が高度に発展し、生産性を高めるには技術の高度化と多様性が求められます。商品やサービスにも高度化と多様性が求められます。 国際航空事業では地理的な路線の水平分業、運賃の垂直分業に加えて、時間的な分業も「アライアンス・Alliance・連合」として進められています。また、きわめて政治的な事では多国間の軍事同盟もアライアンスと呼ばれます。国際的な規模で分業を進めようとするTPP(Trans-pacific Partnership・環太平洋連携協定)が進んでいる一方、反TPP、保護貿易主義、ナショナリズムが対抗勢力として生まれ、新たな問題をとして存在しています。 建築業界も多様な職種の連携で成立していますが、他方では企業が合併吸収したり、分離独立したりしています。この場合は、作業規模、生産規模とのバランスをとるためになされています。 アーティスト、デザイナーもその仕事の規模によって水平分業、垂直分業を取り入れると生産性が高く、利益も大きくなります。ここで重要なのは技術力が優れているから分業するということ。技術力がなければ、単なる下請けになってしまいます。日本の中小企業で生き残っていけるのは大企業と対等に連携を組んでいける企業と、連携を組まなくても独立、自立している企業だけです。他社との比較で常に優位を維持し続けることが前提となります。さらに、重要なのは連携を組む企業、グループ、個人が「互恵」、「双方に利益がある」ことです。ここでいう「互恵」は金銭的なことだけでなく「情報」や「お互いを思いやる気持ち」も含まれます。日本には昔、「講」とか「結」とかいう「互恵」の組織がありました。「ワークシェアリング」にもこのような「思いやる気持ち」があります。

Vol.1

バイヤス

デザイナーやアーティストにとって経済の話は縁遠い話のように見えるが、それは素人、部外者から見た誤解である。いつの時代もモノづくりに携わっている者にとっては死活問題のはずが、そんなそぶり見せないようにしているにすぎない。(武士は喰わねど高楊枝。) デザイナーやアーティストも現代をより「豊かに」、「快適に」、「気分よく」生き抜いていくためには、現代に有効な経済知識、理論、原理、原則を身に着けていく必要がある。今回から順次、重要と思われる概念、経済理論について一言。それらは昔の人がすでに「ことわざ」で言っていることでもある。 現代の最先端経済学には総称して行動経済学と呼んでいる分野があるが、20世紀の中頃から、学際研究という手法が始まり、心理学と経済学を結び付けた研究分野で、そこで「バイヤス」という概念が注目された。「バイヤス」を日本語では「偏見・偏向」と訳されているが、むしろ「錯覚」、「誤解」、「妄信」と訳したほうがぴったりだと思う。人は自分が「正しく・まとも」で、他人の方が「間違ってい居る・おかしい」と思う傾向にあり、これを「自己奉仕バイヤス」と呼ばれている。また「現状維持バイヤス」と呼ばれているのは、「現状に問題がない」、「このままでいい、あえて変えることはない」と思い込むことで、そのために問題を先送りにして、無視して問題をさらに大きくしてしまう。また「同調バイヤス」というのは「みんなで渡れば怖くない」、「大勢の人が思っているのなら大丈夫だろう」と思ってしまう傾向で、このような「バイヤス・偏見・誤解・錯覚・妄信」は身の回りにはたくさんある。「学歴バイヤス、経験バイヤス、ブランドバイヤス、ジェンダー(性別)バイヤス、人種バイヤス、宗教バイヤス」などこれにいち早く気づいて、対応していける人は問題を避けて、適切な対応をしていけることになる。 「幽霊の正体見たり枯れ尾花」、「イワシの頭も信心から」・・・。